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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)886号 判決

東京都千代田区大手町一丁目七番地

控訴人

東京国税局長

中西泰男

右指定代理人

河津圭一

久保田衛

平岡敞至

篠原章

神奈川県川崎市木月四三四番地

被控訴人

斎藤肇

右訴訟代理人弁護士

古関三郎

右当事者間の昭和三四年(ネ)第八八六号昭和二八年度所得審査決定取消請求控訴事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠関係は、

控訴代理人において、「国税局長のなした審査決定の取消を求める訴において、課税標準額を申告額以下に減ずることは許されない。」被控訴人は昭和二九年三月一五日課税標準額を二六八、九四〇円とする確定申告をしているのであるから、これによつて少なくとも右金額の限度では所得税額が定まり、所得税法第二七条第六項によつて更正の請求をするか、同法第四四条第一項所定の更正処分によるかのほか右税額が変更せられることはないのである。従つて、本件のように審査決定の取消を求める場合には、右申告額を超える部分のみが審判の対象となるべきである。」と述べ、

被控訴代理人において、

(一)  控訴人は、東京国税局の定めた所得率三五・五パーセントが被控訴人にも適用せらるべきであると主張するけれども、右所得率が妥当であることについては、ただ、統計理論に立脚しその客観的妥当性に留意して割り出されたものであるとか、実際の資料を集めて作成されたとか、抽象的に主張するのみで、その具体的な根拠を示していないから、右所得率が正当であるとは認められない。控訴人提出の訴訟事務復命書(乙第一号証)によれば、川崎市における全すし業者中被控訴人と訴外川口金次郎(同人の所得額は今なお係争中である。)とを除く四〇名のうち三三名の申告から算出された各人の所得率は一様に三五パーセントとなつている。業者の八割余の所得率が偶然一率に三五パーセント丁度であつたとは考えられないから、これは右三三名が実際の所得を計上しないで、税務署の指示どおり申告したと推測するに十分である。業者が税務署の内示よりも少ない真実の所得額を主張してもそれが承認されない場合には、しいて、真実の所得額を申告すれば更正決定を受けることになり、これを争うことになれば、再調査や審査請求を経て訴訟に及ぶときは、多額の費用を要し、かつ、長期間の煩らわしさに耐えかねるので、やむをえず税務署の内示に従うことが多いのが実状である。従つて、乙第一号証によつて正しい標準所得率を定めえないことは明らかである。

また乙第九ないし第一五号証の各聴取書は、控訴人の本訴における指定代理人である大蔵事務官平岡敞至が本訴係属中本訴の証拠とする目的で作成したものであるところ、大蔵事務官にはこのような書類を作成する職務権限はないのであるから、これらの文書は訴訟の当事者またはその代理人たる私人が本来法廷において証人として尋問すべき者から聴取つたことを文書としたものと変るところなく、その証拠価値は否定されなければならない。従つて、これらの文書によつても控訴人の主張する所得率三五、五パーセントを被控訴人に適用することが相当であることを証明するに足りない。

(二)  被控訴人は本訴においてその所得額が二四八、四四三円であることを主張しているのであつて、その確定申告における所得額である二六八、九四〇円を認めているものでない。従つて、原判決が右確定申告において申告せられた所得額に拘束せられることなく、被控訴人の主張を認めたのは正当で、これを不当であるとする控訴人の主張は理由がない、と述べ、証拠として、控訴代理人において乙第八ないし三七号証を提出し、当審証人柚木総三、高橋秀夫、平岡敞至の各証言を援用し、被控訴代理人において、当審証人片桐田作、杉浦真徳の各証言、被控訴人本人尋問の供述を援用し、乙第八号証の原本の存在ならびに乙第八ないし三七号証の成立を認めると述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人が川崎税務署長に対し昭和二八年度の総所得金額を二六八、九四〇円と確定申告したところ、これを四九四、七〇〇円とする更正処分があり、これに対し再調査を請求したが棄却されたので、さらに、控訴人に対し審査請求をしたこと及び控訴人が昭和二九年一一月二日付で総所得金額を四八七、三三七円とする旨の審査決定をなし、同決定が習三日被控訴人に通知せられたことは、当事者間に争がない。

二、当裁判所は、当審における証拠調の結果を掛酌し、さらに審究した結果、原判決の理由に説明するところと同一の理由によつて、被控訴人は肩書地において「亀すし」という商号ですし屋を営むものであつて、その昭和二八年度における総売上高は、すしの売上高が少なくとも一、三三六、五〇〇円、酒類の売上高が五〇七、六〇〇円で、その合計が少なくとも一、八四四、一〇〇円であると判断したので、ここに右理由の説明を引用する。

当審における証人杉浦真徳の証言並びに被控訴人本人尋問の供述中右認定に反する部分は採用するをえない。

三、被控訴人の昭和二八年度における所得金額について。

(一)  被控訴人はその所得金額が二四八、四四三円であると主張しているが、その計算方法は、被控訴人の粗利益(差益)は(1)すしの総売上高一、一五二、二一〇円に差益率二九、七パーセントを乗じた三四二、二〇六円と(2)酒類の総売上高五〇七、六〇〇円からその仕入額三二七、八二八円を差引いた一七九、七七二円との合計五二一、九七八円となるので、これから必要経費二七三、五三五円を控除すれば二四八、四四三円となるというのである。

右のうち、酒類の売上高は控訴人の認めるところであるし、その仕入高が被控訴人の主張するとおりであることは弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証の一ないし三によつて認められるが、すしの売上高に関する被控訴人の主張はこれを認めることができず、その額が一、三三六、五〇〇円であることは二に説明したとおりである

また、すしの差益率が二九、七パーセントであるという被控訴人の主張については、原審証人川口金次郎、原審ならびに当審証人杉浦真徳の各証言、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の供述、成立に争のない甲第一号証、前記杉浦証人の証言によつて成立を認める甲第二号証の各内容は後記認定に照らし措信できないし、その他右主張を認めるに足る証明はない。

かえつて、成立に争のない乙第九ないし三七号証、当審証人平岡敞至、柚木総三、高橋秀夫の各証言を総合すれば右差益率は少なくとも四四パーセントを超えると認めるのが相当である。すなわち、

(い)  当審証人柚木総三の証言と成立に争のない乙第一二、二六及び三五号証によれば、同人のすし屋営業における昭和三〇年度のすし及び酒類の差益率は四三・五パーセント、昭和三一年度においては四六パーセントであること

(ろ)  当審証人高橋秀夫の証言と成立に争のない乙第一四号証によれば同人のすし屋営業におけるすし及び酒類の差益率は四二・六パーセントであること

(は)  成立に争のない乙第九ないし一一、一三及び一五号証によれば、右各証の供述者らのすし屋営業におけるすし及び酒類の差益率は四一・六九ないし五一パーセントであること

(に)  成立に争のない乙第一六ないし三七号証及び当審証人平岡敞至の証言によれば、川崎税務署管内の個人営業のすし業者で青色申告書を提出している者のすし及び酒類の差益率の平均は昭和二九年度四八・八パーセント、昭和三〇年度四八・四パーセント、昭和三一年度四六・三パーセントであつて、最低の者でも四二、一パーセントであることが認められる。

また、当審証人平岡敞至、高橋秀夫の各証言及び乙第九号証、第一五号証を総合すれば、差益率は種物が高価となれば下るけれども、米の価格によつては格別の影響のないこと、従つて、昭和二八年度においてはその後よりも差益率が大きかつたこと及びすしの差益率は酒の差益率よりも大きいこと(この点に関する乙第九号証の記載は採用できない)が認められる(平岡証人のすしの差益率は五〇パーセント内外、酒類は三〇パーセント内外と証言している。また、被控訴人の主張によれば、同人の営業における昭和二八年度の酒類の差益率は約三五パーセントである。)

また、差益率は売上高と仕入高との差と売上高との比率であるから、売上高の多少、営業場所の地理的関係の差異によつて格別の影響のないことは明らかである。

以上の事実によれば前記のとおり昭和二八年度の被控訴人のすしの差益率は少なくとも四四パーセントを超えると認めるのが相当であつて、これを否定する資料はない。そして、すしの差益率を四四パーセントとして計算すれば、その差益は五八八、〇六〇円となり、酒類の差益一七九、七七二円と合せて、すし及び酒類の差益は合計七六七、六三二円であつて、その総売上高一、八四四、一〇〇円に対する比率、すなわち、すし及び酒類の差益率は約四一・六三パーセントとなるのであつて、この率は本訴において提出せられたすべての資料(乙第九ないし三七号証その他、ただし、川口金次郎に関する分は未確定であるからこれを除く。)のうち最も低率であるから、被控訴人のすしの差益率を少くとも四四パーセントを超えるものと認めることが、けして、過大でないのは明らかである。

被控訴人は、乙第九ないし一五号証はその作成権限のない大蔵事務官が訴訟係属後に作成した聴取書であるから証拠とするをえないと主張するけれども、任意になされた供述の聴取書は、これを作成する法律上の権限を特に与えられたものでない者が訴訟係属中に作成したものであつても、その信憑力はともかく、証拠能力を有しないものとはいえないところ、右各証に記載せられた供述が任意になされたものでないことの証明はないし、ことに、乙第一二、一四号証については供述者が当審においてその供述が真実であることを証言しており、以上の各証はその内容に照らし信憑力のないものであるとはいえない。

そして、右認定のとおり被控訴人のすしの売上高を一、三三六、五〇〇円、すしの差益率を四四パーセントとするほか、被控訴人の計算方法に従つて算出すれば、その差益はさきに説明するとおり七六七、八三二円であるから、必要経費がすべて被控訴人の主張するとおり二七三、五三五円であるとしても、その総所得額は四九四、二九七円となるのであつて、控訴人の審査決定において認定した四八七、三三七円を超える額である。

(二)  つぎに控訴人の主張する被控訴人の所得額に関する計算方法について判断する。

控訴人は、被控訴人の前記総売上高一、八四四、一〇〇円に所得率(総売上高に対する所得金額の比率、ただし、この所得金額には減価償却費、雇人費及び遊興飲食税額、すなわち特別経費を含む(三五・五パーセントを乗じた六五四、六五五円から特別経費すなわち減価償却費一一、二〇一円、雇人費六六、〇〇〇円、遊興飲食税三七、四〇〇円以上合計一一四、六〇一円を控除した五四〇、〇五四円が被控訴人の所得金額であるというのである。

原審証人中原敏夫、天野八郎の各証言によれば、東京国税局においては、昭和二八年度における同局管内の飲食業者(従つて、川崎市におけるすし営業者を含む)の標準的な所得率を三五・五パーセントと定めたのであるが、これは特殊の者を除いた一般普通の同業者の実際の所得額を調査したり、その申告を参考したりして帰納的に算出した数字であることが認められる。そして、右各証言及び当審証人平岡敞至、高橋秀夫、柚木総三の各証言と成立に争のない乙第一号証第九ないし三六号証を総合すれば、右比率は実際に則したものであつて高率に過ぎるものでないことが認められる。従つて特殊の事情その他反証のないかぎり右比率によつて被控訴人の所得額を算出することを以て相当な方法でないとする理由はない。

然るに、(い) 被控訴人がその収支に関しこれを明白にするに必要な帳簿を備えつけず、酒類を除きすしに関するその主張が認められないことはさきに認定したとおりである。

(ろ) 被控訴人は、川崎市においてすし屋を営業とする川口金次郎の申告によれば、同人の所得率は一二・一パーセントであるから三五・五パーセントの所得率は高過ぎると主張している。しかし、右申告は川口金次郎が一方的に為したものに過ぎず、税務署において容認したものでなく、現在未確定のものであるからこれに基づく被控訴人の主張は採用するをえない。

(は) 被控訴人は、また、乙第一号証に記載せられた業者四〇名中三三名の所得率(ただし前記の特別経費を除く)がいずれも三五パーセントであるのは、税務署の内示によつたものであるから、右比率は真実にそわないと主張している。そのように内示に従うということもないとはいえないが、しかし、かりに、これらの申告が税務署の内示によつたものであつたとしても、それだけでただちに真実に反し高率に過ぎるとはいえない。むしろ、これら多数の者が内示に従つたことは、右比率が実際の所得率を超えるものでなく、これによることに異存がなかつたと認めるのが相当である。

(に) その他、川崎税務署管内にあるすし屋業者の売上高が乙等一号証の「基本欄」にある額よりも一般に高額であつた(この事実は原判決の認定するところである。)としても、このことによつてただちに実際の所得率が三五・五パーセント以下であるとの結論はでないし、また、被控訴人方店舗の営業条件が他の業者に比し多少不利であつた(このことも原判決の認定するところである。)としても、それだけで右比率が高過ぎると認めるに足りない。

結局、右三五・五パーセントの比率が不合理であるとする被控訴人の主張はいずれも採用するをえない。しかし、右比率に基づき控訴人の主張するとおりの計算方法によつて算出すれば、その総所得額は五四〇、〇五四円となり前記(一)の計算方法によつて算出した総所得額四九四、二九七円を超えることとなるから、本訴においては後者を以て被控訴人の総所得額と認定するのが相当である。

四、以上認定のとおりであつて、控訴人がその審査決定において認定した被控訴人の総所得額四八七、三三七円は控訴人の所得額に足りないのであるから、これを過大であるとして、右決定の取消を求める被控訴人の本訴請求は失当というのほかない。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決を取消し、右請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 薄根正男 判事 元岡道雄 判事 安岡満彦)

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